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近代ヨーロッパ文化論

三年前期に開講される講義

ここで時代に向き合う姿勢を身につける

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近代ヨーロッパ文化論

Activityの①「基本コース」でも書いた通り、福田ゼミでは、教員の担当する講義科目とゼミとがダイレクトに連携しています。この「近代ヨーロッパ文化論」は3年次前期の開講科目なので、みなさんが福田ゼミに入った直後にまず受講することになる講義、ということになります。

カテゴリとしては「専門発展科目」となりますが、とはいえ国際学部では一年次後期からの長期留学を終えたのち、それぞれの領域・ゼミで専門的な学びを深めていくための準備過程がとても短いという、カリキュラム的な難しさがあります。いちおう「専門基礎科目」(いわゆる「入門」系科目)はありますが、ゼミに入ってくるすべてのメンバーが福田先生の「メディア文化論入門」を受講してからやってくるとは限りません。以上のような点を考慮して、この「近代ヨーロッパ文化論」は、後期開講の「現代ヨーロッパ文化論」に比べると、いくらか導入的性格を取り入れたかたちでデザインされています。ゼミに入ってきたばかりの段階でも無理なく講義に入っていけるように、「導入=準備のためのコンテンツ」と「専門性を深めるためのコンテンツ」とが、バランスよく配分されているということです。

 

講義の軸となるのは、先生の専門分野のひとつである「近代ヨーロッパにおける視聴覚メディアの歴史」です。具体的には、19世紀に生み出された「写真」や「録音技術」、そして「映画」という視聴覚メディアの誕生と普及のプロセスを追いかけながら、少しずつ講義が進められていきます。

ここでみなさん、少し考えてみてください。写真にしても録音技術にしても映画にしても、現代に生きる私たちからすれば、いずれも「日常に存在していてあたりまえ」のテクノロジーですよね。けれども、こういったメディアが「いつ、誰によって、どのようなしかたで作り出されたか」、みなさんはすぐに答えられるでしょうか? おそらく難しいに違いないと思います。ほかならぬ私自身がそうでした。

けれども、ここに挙げた写真、録音技術、映画という三つのメディアは、二十一世紀を生きる私たちがふだん過ごしている「日常」そのものを決定的なしかたで支えてくれている、ものすごく重要な基盤に他なりません。例えば、ちょっと奮発したランチの様子をInstagramに掲載するときに、私たちは実のところ写真というメディアに頼っている。Spotifyで「おすすめ」された音楽を電車の窓際で気持ちよく聴いているときには、録音技術がそこに介在している。さらには、流行りの韓国ドラマをNetflixなどで見ているときには、映画というメディアが………というように。この「近代ヨーロッパ文化論」という講義の目的は、こうしたしかたで私たちの「日常」そのものを可能にしてくれている「土台」が生み出されていく歴史を少しずつ追いかけていきながら、最終的には「自分たちがいま生きている現代のメディア環境」の特殊性を感じていくことにあります。

 

この講義を通じて私自身が極めて大きなショックを感じたのは、先に述べたような私たちの「日常」(=写真があり、録音技術があり、そして映画があるという日常)が歴史のうえで出来上がってから、実はまだ、たかだか100年と少ししか経っていないということです。ちょっと大袈裟な表現になってしまうかもしれませんが、私たちが「ふつう」だと思って過ごしている上のような日常は、「人類の歴史」というサイズで眺めてみると、実はものすごく「特殊」で、もっというと「奇妙」なものなのかもしれないのです。けれどもこの奇妙さは、近年、いっそうのスピードとともにその強度を高めつつあります。そのきっかけとなったのは、いうまでもなく2023年に普及し始めたAIの存在です。

 

私たちはいままさに、この「近代ヨーロッパ文化論」のなかで論じられていく「近代的なメディア環境」が決定的なしかたで書き換えられていく時代を生きています。「写真」が現実の記録(それは=かつて=あった)ではなくなり、誰も演奏しなかった——したがって誰も録音しなかった音楽を水か空気のように享受し、果てには実在する人物がだれひとり登場していない映像作品にドキドキしたりする……。私たちがいま文字通りの「リアル」として生きつつあるそんな日常を、後世の、例えば200年後の人々はいったいどのような感覚で捉えるのでしょう。

……と、そんなふうに悠長に構えているゆとりはないのかもしれません。ほかならぬ私たち自身がこの激動の時代に適応し、自分の身ひとつでそれを生き抜いていくことは、実のところかなり難しいことなのだと思います。「近代ヨーロッパ文化論」という講義には、そうした新しい時代に向き合っていくためのヒントが無数に秘められています。

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